世田谷区民会館の設計について

株式会社佐藤総合計画 青江悠

1.はじめに

世田谷区では2021年度より本庁舎等整備工事が進められている。工事は全体で3期、8年弱を要する大掛かりなものであり、現在の世田谷区役所において業務を継続しながら、同敷地内に区庁舎の建替え、及び世田谷区民会館の改修を行うものである。なお、世田谷区民会館は1期工事において工事が完了しており、2024年9月に無事開館を迎えることができた。

世田谷区民会館の改修における最大の特徴は、「既存躯体を活用」しながら、機能改修を行った点にある。つまり「建物をすべて新しくする」のではなく、既存施設の価値を継承しながら、現代の利用実態と将来の運営を見据えて“使い続けられる公共施設”へ再構築するための改修である。そのような改修方法に至った経緯や施設の特徴について、紹介させていただく。

2.検討の経緯

2-1.旧区民会館の価値と背景

旧世田谷区民会館は、1957年に都内の区では初めての実施となった指名コンペ「世田谷区民会館及び新区庁舎競技設計」において一等となった前川國男案により計画され、1959年に竣工した。打放しコンクリートによる折板構造のファサードが印象的で、外壁である折板構造がそのままホール内部の空間を形づくる特徴的な構成をもつ。当時、革新的であった「柱のない折板構造」は、構造合理性と彫刻的なシンボリズムが融合した建築として評価された。また、折板壁が客席の反射壁になる構成は、建築と音響が融合した高い質を備えた施設であった。

2013年には、世田谷区役所・区民会館としてdocomomoに選定されている。

2-2. 建替えか改修か

施設の老朽化や利用ニーズの変化に伴い、2000年代以降、建て替えも視野に入れた検討が行われた。その中では、既存施設の特徴である中庭を囲む開放的な配置(区役所と区民会館とそれらをつなぐ低層棟のピロティが中庭を囲む空間)を継承すること等が議論に上がる一方で、景観や現庁舎の保存にこだわらず、機能やコスト、工事期間の短縮を優先すべきとの意見も多数あがっていた。

そして、2017年に設計者選定のための公募型プロポーザルが実施された。その中で、「現庁舎等の空間特質を踏まえ、区民に親しまれる世田谷区本庁舎等にふさわしい空間イメージ」の提案が求めらることとなるが、建て替えか改修かの選択は設計者の提案にゆだねるものであった。

そのため最終的に提案書を提出した6者は、既存施設(世田谷区役所・区民会館)の扱いにおいて多様な提案がなされており、区民会館については保存改修が2者、敷地内の別の場所への建替えが4者であった。

弊社は、世田谷区役所・区民会館に込められた思想を受け継ぎ、低層の建物が広場を取り囲む構成を継承するとともに、広場の風景の象徴であり、機能性を兼ね備えた「区民会館」を保存継承し、さらに発展させる改修提案を行い、選定されるに至った。


3期竣工時の鳥瞰イメージ


3期竣工時の中庭のイメージ

3.設計の特徴

3-1.外観(折板ファサード)の保存と補修:記憶の継承

中庭から見える、折板構造による彫塑的なファサードは、区民会館の象徴的な景観である。改修では区民会館の折板構造からなる既存躯体を残し、この外観を継承することとした。当時ミカン箱の木材で型枠を作成したことから、ランダムな小幅板の型枠の木目が転写された独特の表情を持っていた。そのため、改修にあたっては補修や部分的な打設が必要となる箇所について、既存の型枠パターンを実測する等、新設部分が既存に馴染むよう調整し、また必要以上に手を加えすぎないように注意することで、この建築がもつ“らしさ”が損なわれないよう修復を行った。


改修前の外壁


改修後の外壁

3-2. ホールの機能向上(断熱・遮音・音響):二重壁化と形状調整

折板構造の構造壁が外壁と客席の音響反射壁を兼ねることが特徴であるが、改修前は180ミリ厚のコンクリート壁のみの造りであり、断熱性能と遮音性能が十分ではなかった。また、竣工後の改修により、客席内の仕上げが打ち放しコンクリートから、吹き付け塗装に改修されており、竣工当時の印象から異なるものであった。そこで、室内側にGRC(ガラス繊維強化セメント板)を新たに建て、外壁との間に空気層を持つ「二重壁」として付加することで、断熱・遮音を含む性能向上を図った。またGRC表面は小幅板の凹凸をつけた打ち放しの仕上げとすることで、竣工当時の彫塑的な空間の再現を試みている。

3-3. 舞台・客席の一体感:プロセニアム改修と前舞台の活用

既存施設はプロセニアム開口幅が小さいという課題があったが、既存躯体である大臣柱は構造上動かせないものであった。そのため、プロセニアム廻りの客席壁を、舞台反射板内から客席壁へ段階的に折れ曲がりつながる形状に見直すことで、客席への反射音が豊富に得られるものとした。また、プロセニアム高さは客席天井近くまで上げることで、舞台と客席の一体感を高め、音の響きを高めた。

加えて、前舞台を新設し、これを利用し演奏空間を客席側へ押し出すことで、舞台と客席空間の連続性を高めた。

一方で、区内オーケストラと合唱団によるベートーベン第九交響曲など、大編成の演奏に必要な舞台面積・奥行き確保の要望にも対応する必要があったため、正面反射板は、舞台後部と中間部の2つの位置でセットできるようにし、用途に応じた舞台面積の調整を可能としている。

舞台機構については、利用団体からの要望(電動化、安全性向上、配置の適正化等)を踏まえ、バトン等の電動化を進めるとともに、旧施設の構造耐力上の制約から、鉄骨フレームを舞台内部に独立して新設し、舞台機構を支持している。

3-4. 客席計画:快適性・視線確保による質の向上


改修後の客席

改修では、視線確保のための段床調整や椅子サイズの拡幅等を行い、利用者の快適性を高めた。また、段床調整により既存段床と新設段床とのズレによって生まれた空間をチャンバーとして活用することで、床吹き出し空調を実現し、省エネに寄与するものとした。

客席数は改修前の1,202席から、改修後の933席(コンサート形式の基本設定(前舞台使用時)の客席数は902席)となり、容積確保と客席数の適正化により、残響時間は改修前より伸長している。

3-5. 遮音対策:周辺環境と共存するホールへ

敷地条件上、ホール下手側は隣地境界が近く、遮音性能の確保が重要な課題であった。頻繁に行われる演目において規制値(騒音規制法、環境確保条例等)を満足することを目標に、客席1階下手側外部に廊下を設けるなど、二重化・距離確保を組み合わせた対策を講じている。客席上部は既存折板コンクリート壁の内側に、内装を兼ねたGRC壁を採用し遮音壁の二重化を図り、舞台部では新設の構造骨組と連動してボード積層等の遮音壁を追加するなど、部位に応じた対策を行っている。

3-6. 諸室・動線:要望を受け止める機能更新

改修にあたっては、ホール利用団体からのヒアリングを実施し、楽屋の拡充、練習室の設置、バリアフリー対応等が要望された。舞台背後の楽屋ゾーンは3階建てに増築し、新たに設けるリハーサル室や練習室は楽屋としても使えるようホールへの動線を確保しつつ、隣接する庁舎棟地下に設けるなど、運用上の使い勝手を改善している。

4.おわりに

世田谷区民会館の改修設計は、建物を“直す”だけでなく、地域の公共施設としての機能と体験を“更新する”取り組みである。前川國男による建築の価値、折板構造の象徴性、そして音響的な魅力を継承しながら、安全性・利便性・運営性・環境性を総合的に高めることを目標としている。

1959年の竣工から65年を迎えた2024年に再び開館することとなった世田谷区民会館が、今後も引き続き区民の活動を支え、関係者の想いを将来につないでいってくれることを願っている。