世田谷区民会館再整備の経緯

株式会社シアターワークショップ 奥田翔

はじめに

公立文化施設の改修においては、これまでの歴史製の保存と、将来を見据えた更新の関係性をいかに構築するかが問われる。世田谷区民会館の再整備は、前川國男による空間構成を継承しつつ、現代における区民会館として求められる性能へ以下に更新していくかが計画の焦点となった。既存の構造躯体の制約を前提にしつつ、それぞれの項目について機能向上を実現することで、利用実態に即した機能更新を実現している。

ホールの更新における一般的な傾向と課題

近年、公共施設マネジメントの観点から、既存公共施設の保存・再整備や、今後の利活用について、各自治体で検討が進められている。とりわけ公立文化施設の劇場・音楽堂等では、1970〜80年代に建設された多くの施設が、大規模改修や更新の時期を迎えている。加えて客席部やホワイエ・ロビーといった大空間を有するホールは、東日本大震災を契機に見直された特定天井に関する建築基準法施行令の一部改正への対応も必要である。

これらを既存施設の改修により対応していく際には、経年による老朽化や陳腐化、法的な基準の不適合などのマイナスとなっている部分の改善のみならず、現代の公共施設としてふさわしいあり方にアップデートを行っていく必要がある。すなわち「安全・安心の確保」、「誰もが使いやすい環境の整備」、さらに「将来を見据えた機能向上」が重要な課題である。

一般にホールの改修は、これまで親しまれてきた空間の特質を継承し、改修の成果をイメージしやすいことに加え、新築と比較して工期やコストの面で優位性があるとされる。その一方で、既存躯体や設備の制約を受けるため設計・施工の難易度が高くなることや、既存図面だけでは把握しきれない課題が解体調査により明らかになることも少なくない。そのため、計画・設計段階では想定しきれない状況に対しても、都度柔軟に対応していくことが求められる。

また、劇場・ホールの改修では、段差解消や車椅子利用への対応といったバリアフリー化、客席寸法や配置の見直し、既存躯体の構造的制約への対応など、特有の課題が数多く存在する。こうした条件のなかで、既存施設の価値を継承しつつ、現代的な性能と使いやすさをいかに実現するかは、改修計画の大きなテーマとなる。

一方別の視点として、改修工事に伴う既存施設の閉館は、地域の文化活動に大きな影響を及ぼすため、その期間を支える代替施設や活動の環境を地域全体で確保できるかどうかも重要な論点である。

世田谷区民会館再整備の経緯

世田谷区役所第一庁舎・第二庁舎および区民会館は、前川國男の設計により1959年に竣工した。コンクリート打ち放しの建物であり、特に区民会館客席部分を構成する折板構造による外観は特徴的で、ホール内部にもその造形がそのまま現れている。

世田谷区民会館はこれまで、長年にわたり区民の生活や文化活動を支えてきた。しかし、竣工から半世紀以上が経過するなかで施設の老朽化が進み、区民サービス、災害対策、環境への配慮など、さまざまな課題が顕在化していた。

こうした状況を踏まえ、2016年12月に策定された「世田谷区本庁舎等整備基本構想」では、本庁舎等整備に至る経緯や課題を整理したうえで、整備に関する基本理念・基本方針が取りまとめられた。2017年には「世田谷区本庁舎等整備基本設計業務委託公募型プロポーザル」が実施され、株式会社佐藤総合計画が最優秀者として選定された。本プロポーザルでは、世田谷区民会館を建て替えとするか、改修とするかは設計者の提案に委ねられており、同社の提案では、新築される東棟・西棟と、改修される世田谷区民会館による構成で、これらが中央広場を囲むように配置されて既存の配置の思想を受け継ぐものであった。さらに、それらを2階レベルでつなぐデッキ「世田谷リング」によって歴史・環境・風景が連続し、人々の自由な交流を促す提案であった。世田谷区民会館については、これまで培われてきた歴史や地域における役割を継承しつつ、次世代に向けた現代的なホールとして機能向上を図る改修案が提示された。

工事は2021年に着工し、第1期となる新庁舎1期棟および世田谷区民会館の改修が2024年に竣工した。その後も第2期・第3期工事が続いており、全体の完成は2029年度を予定している。

ホールの改修の特徴

【構造】

世田谷区本庁舎等整備は、東棟・西棟は新築、世田谷区民会館は改修により整備される計画である。区民会館の舞台・客席部分は既存改修とし、エントランスやホワイエ部分は新築される東棟の一部として整備されている。このため、既存部と新築部では構造形式も異なり、既存部が耐震補強であるのに対し、新築部は免震構造を採用している。両者は一部エキスパンションジョイントによって接続されており、改修と新築を一体的に成立させる構成となっている。

【環境】

建物の環境品質を総合的に評価するCASBEEは、最高ランクとなるSランク、省エネルギー性能を評価するBELSは、最高ランクの5つ星を獲得した。エネルギー自立度をZEBの評価基準については世田谷区有施設として初の「ZEB Oriented」の認証を取得した。

【ホール内】

ホールの機能向上の一つとして、音響性能の向上が計画され、響きを伸ばすために客席上の天井高さやプロセニアム開口高さを可能な限り確保し、容積の確保ができるようにつとめている。客席の改修に伴う総数の減も相まって、一人あたりの気積は1.8㎥ほど増加した。

また、遮音の改善も図っている。特に舞台下手側については、建物が敷地境界に隣接しており、隣地への音漏れが運用上の課題となっていた。遮音性能が厳しい箇所についても現地調査を行なった上で対応を施した。

客席は、特徴的なワンスロープ+サイドバルコニー席の形状は踏襲しつつ、その寸法については、旧区民会館のときから見直しを行っている。現代の水準として客席に求められる幅、奥行きともに広くなっているため、対応を行なった(改修後:幅52cm、前後95cm、改修前:幅45cm、前後90cm)。段床についても調整を行い、サイトラインの向上を図るとともに、既存部分と新しい段床のずれを利用して2重化することで床吹出しの空調を実現している。客席の色は竣工当時のものと変わっていたため、竣工当時を再現する赤い張地が選定され、華やかな印象を与えている。

また、バリアフリーの観点から車椅子席の設置も求められてくる。加えて昨今は、複数の箇所に車椅子席を計画して場所を選ぶ際の選択肢を増やす傾向もある。本計画では、客席を取り外すことで車椅子席を設置できるほか、新設された2つの親子室のうち、一つは車椅子のままアクセスできるようにするなどの工夫を行なっている。

特徴的な折板構造の壁は、遮音性能や断熱性能の向上のため、室内側にGRCを既存壁と同じ形状で建てて2重壁化を行っている。天井はもともと吊り天井であったものを準構造による耐震天井とし、特定天井への対応を行った。

エントランスロビー

エントランスロビーは敷地西側の前面道路に面して設けられた、天井の高い開放的な空間であり誰もが自由に訪れることのできる共用空間である。2階にはラウンジが設けられ、展示やミニコンサート、トークショーなどにも利用できる。また、ホワイエにはピクチャーレールや展示ケースを設置し、展示にも対応している。

旧区民会館のロビーは、単なるホールのホワイエにとどまらず、独立して幅広い市民利用の受け皿となって要ら。新しいロビーにもその空間のイメージの継承・反映が行われている。 2階へ上がる大階段は、入口正面に配置され、来場者が最初に目にする象徴的な要素となっている。これも旧区民会館の印象的な空間体験を受け継ぐものである。さらに、第1庁舎にあった大沢昌助氏原画作成のレリーフを約70%の大きさで復原し、その背面には前川ギャラリーを設けて旧庁舎の関連資料を展示するなど、歴史的継承にも配慮した。

練習室・集会室

東棟地下には、可動間仕切りによって分割利用が可能な集会室と、高い遮音性能を備えた練習室2室を整備している。これらは日常的な市民活動に利用されるほか、出演者が多く見込まれる催しの際には楽屋としての利用も想定しており、楽屋エリアへ接続する動線も計画されている。

楽屋・バックヤード

舞台裏の楽屋エリアは、既存部分を解体したうえで新たに3階建てとして増築し、機能性と利便性を大きく向上させている。具体的には、楽屋数の増設、屋外の車椅子用スロープの設置、楽屋エリアへのエレベーターの新設、備品倉庫の充実、さらに従来は屋外留置としていた搬入トラックを格納できる搬入ヤードの整備などを行った。

楽屋は小楽屋2室、中楽屋2室、大楽屋2室で構成し、中楽屋・大楽屋は利用に応じて分割可能として、主催者側で自由に選択できるようにしている。和室は設けていないが、置き畳により対応できる。

搬入については、4tロングトラック1台分のスペースを確保し、舞台下手後方から搬入できる計画とした。搬入ルートには十分な幅を持つ廊下を設け、円滑な搬入出を可能としている。

ホールの舞台機構

舞台機構の主な改修内容は、舞台上のすべての昇降バトンの電動化、プロセニアム高さを上げたことによる反射板の形状変更への対応、ならびに客席迫りの新設である。これらの機能向上に伴う荷重増加に対し、既存のフライタワーのみでは対応が困難であったため、内部に新たに鉄骨フレームを構築し、構造的な補強を行ったうえで、すのこを形成している。

本ホールは、講演会や演劇などに対応するプロセニアム形式と、クラシック音楽など生音利用に対応する反射板形式の二つの利用形態を有している。これらを容易かつ迅速に転換できることは、運営上重要な要件である。

限られたフライタワー高さの中で転換に必要なスペースを確保するため、袖幕や中割幕など丈の高い幕は、袖舞台側へ引き込む方式とし、たくし上げ作業を不要とする工夫を行っている。反射板形式への転換時には、まず客席迫りを舞台レベルまで上昇させ、その後、天井反射板を展開する。続いて舞台後方に収納された側面反射板をヒンジ機構で展開し、最後にローラー付きの正面反射板を舞台中央付近まで移動・設置する構成としている。これにより、舞台と客席の距離を縮め、音響性能の向上を図っている。

なお、正面反射板は移動させないことで、舞台奥行きを広く確保する使い方も可能としている。第九などの出演者の多い演目に対して、主催者側で選択できる柔軟な計画となっている。

舞台照明

舞台照明設備は、従来の運用実績を踏まえ、調光器を基本とした構成としている。一方、将来的なLED機器の普及を見据え、一部回路には直調切替の方式を採用することで、直回路の増設などの追加工事を伴わなくても対応できるように配慮している。

照明機材としては、近年主流となっているボーダーライト、アッパー・ロアホリゾントライトのLED化に加え、本計画の特徴としてシーリングライト部分の機材に、ムービングライトを採用した。シーリングライトは昇降バトンとし、シュート作業をムービング機能で行うことで、仕込み作業の効率化と省力化を図っている。さらに、ホールに求められる静音性に配慮してファンレス型とするとともに、機器選定にあたって実機確認を行い、動作音の確認を行ったうえで採用を決定した。

舞台音響・映像

舞台音響設備では、メインスピーカーにCODA製の機器を採用し、プロセニアム部にLCR(左・中央・右)での構成としている。センタースピーカーは昇降機構を備え、使用しない場合には天井内へ収納可能とすることで、意匠性との両立を図っている。さらに、ウォールスピーカー、シーリングスピーカー、移動型スピーカーを組み合わせることで、多様な演出ニーズに対応できるように整備している。

映像設備については、従来は可搬式であったプロジェクターを常設化し、15,000lmクラスの機材を導入した。これにより、舞台上のスクリーンへの大規模な映像投影が容易となった。

備品計画 所作台の継承

備品計画における特徴的な取り組みとしては、所作台のリニューアルが挙げられる。もともと世田谷区民会館で保有していた所作台について、備品検討の際に状態確認を行ったところ、比較的良好な状態で保管されていることが確認された。そのため、削り直しを施したうえで再利用することとした。あわせて、改修後の倉庫では所作台の保管にも配慮し、空調付きの備品庫を計画することで、良好な状態で維持できるようにしている。これまでの施設の記憶を継承しながら、今後の活用を図る本計画の特徴が備品レベルにおいても表れている。

まとめ

本計画は、既存建築の空間的価値を継承しながら、現代の公立文化施設に求められる性能を付加した改修事例である。構造制約の中で舞台機構や音響性能の向上を図るとともに、運用面まで踏まえた計画としている点が特徴である。歴史的建築の再生と機能更新を両立させた本事例は、今後の公立文化施設の改修における一つの参考となるものである。

今後、第2期・第3期工事が竣工した際には、区民会館に加えて区民交流スペース、区民交流室、広場、屋上庭園等といった各種交流機能が揃い、各々連携しながら協働・交流の拠点としてさらなる展開が計画されており、活き活きと使われる姿を期待したい。

データシート

所在地
東京都世田谷区世田谷4-21-27
設置者
世田谷区
客席数
定員 933名(前舞台利用時 902名)[車椅子席を含む]
構造
RC造
階数
地下1階、地上4階
敷地面積
11,036㎡(東棟)
建築面積
6,394㎡(東棟)
延床面積
6,425㎡(世田谷区民会館部分のみ)