選ばれる水戸市民会館について

水戸市 市民協働部 文化交流課 海老澤佳之

1.水戸市中心市街地の概要

水戸市は,東京から約100キロメートルの距離にある茨城県の県庁所在都市であります。水戸駅から大工町まで国道50号を軸に東西に延びる中心市街地は,かつては百貨店をはじめとする多くの店舗が立地し,最盛期は「肩をぶつけながらでないと歩けない」と言われたほどの賑わいを見せておりました。

しかしながら,モータリゼーションが進展し,大規模小売店等が郊外に進出するとともに,中心市街地にあった茨城県庁をはじめ,商業施設や病院等が郊外に移転し,そこを拠点として新たなまちが形成されたこと等の理由により,中心市街地の求心力が低下していきました。

水戸商工会議所において中心市街地の歩行者通行量を毎年調査しており,新たな市民会館(以下「新市民会館」という。)の立地場所である旧京成百貨店前では,1991(平成3)年に年間約29万人あった歩行者通行量が,20年後の2011(平成23)年に約11万人まで減っています。市町村合併という特殊事情を除いて,本市の人口推移は,ほぼ横ばいであるため,歩行者通行量が18万人も減少したという事実は,いかに中心市街地の空洞化が顕著であることが伺えます。

その中心市街地の一角である泉町1丁目北地区においては,2003(平成15)年6月に,泉町1丁目北地区市街再開発準備組合(以下「準備組合」という。)が発足し,泉町1丁目北地区市街地再開発事業(以下「本件再開発事業」という。)の実施に向けて様々な検討がなされてきましたが,なかなか事業化の目途が立たない状況が長く続いていました。

2.水戸市民会館の移転の経緯

水戸市民会館は,ホール,会議室,結婚式場等を備えた複合施設として,1972(昭和47)年12月に,水戸駅の南側エリアに開館しております。公演や発表会,式典,会議等のさまざまな用途で,年間約30万人,開館以来の38年間に累計で約1,300万人が利用し,1998(平成10)年までは結婚式場として,約5,000組の挙式が行われました。

しかし,2011(平成23)年3月11日に,東日本大震災が発生し,建物が被災したため,市民会館の使用を停止しました。施設の耐震診断の結果を受け,免震改修,耐震補強,建替えの3つの手法による比較検討を行い,次項の理由により各地域団体や中心商店会,商工会議所等からの要望など総合的に勘案した結果,市民会館を中心市街地に移転建替えすることとしました。

  • 新市民会館の持つコンベンション機能による,まちなかへのにぎわい創出や経済への波及効果が見込まれ,まち全体の活性化に大きな効果が期待できること
  • 県内外からの来客に対応できる公共交通機関が充実していること
  • 都市中枢機能の集積による都市核の強化というまちづくりのコンセプトに合致していること

また,中心市街地のうち5箇所の候補地において,次項を踏まえながら,経済性,機能性,耐久性,災害時の安全性,まちの活性化等を総合的に検討し,泉町1丁目北地区に決定しました。

  • 水戸芸術館との連携が容易であること。
  • 偕楽園や弘道館などの観光資源への回遊性に優れていること。
  • 水戸駅からのアクセスに優れておりバス路線などの公共交通が利用しやすいこと。
  • 来訪者用の駐車場を十分に確保できること。
  • 新たな市民会館と宿泊施設は近距離であること。
  • 徒歩圏内に商業施設の集積が図られていること。等

3.新市民会館の整備に関する経緯

水戸市は,新市民会館を整備するに当たって,市民の芸術文化活動の促進とあわせて,ホールを利用したコンサートやイベント等の誘致を推進するため,中核市や政令指定都市等の文化施設やコンベンション施設などを調査し,2013(平成25)年11月に「新市民会館整備の基本的な方向」を策定し,3,000人規模のコンベンションの開催が可能となる十分な広さと数を備えた展示室や会議室等の確保を位置づけました。

また,この基本的な方向に基づき,2015(平成27)年3月には,施設計画,敷地計画,モデルプラン,整備計画,管理運営等について定めた「水戸市新たな市民会館整備基本計画(以下「整備基本計画」という。)」を策定しました。

市民の芸術文化活動をはじめ,コンサート,イベント,全国規模のコンベンション等の誘致を可能とするため,県内唯一の2,000席を備えた大ホールをはじめ,482席の中ホール,リハーサル室としても利用できる小ホール,講習会や分科会等の開催が可能な大中小の会議室のほか,展示室,スタジオ等を備えた施設を整備することといたしました。

新市民会館の整備に当たっては,これまで水戸市議会特別委員会での審議のほか,各種団体からのヒアリング,市民アンケート,市民ワークショップを実施するなど,多くの方々から意見を広く求め,整備基本計画に反映させてまいりました。

【参考】水戸市新たな市民会館整備基本計画は,水戸市役所ホームページを参照。

4.設計

施設建築物の設計については,準備組合より水戸市に対して設計者選定等の業務を委託しています。

施設建築物の大半を新市民会館部分として取得する水戸市では,整備基本計画の基本理念や基本方針等を反映させるため,2015(平成27)年12月から翌年3月までに公募型プロポーザルを実施し,「水戸市新たな市民会館等施設建築物設計候補者評価委員会」の評価に基づき,株式会社伊東豊雄建築設計事務所及び株式会社横須賀満夫建築設計事務所を最優秀者にそれぞれ選定し,準備組合に推薦しました。

準備組合は,推薦された2社で構成する共同企業体に対して水戸市新市民会館等施設建築物基本設計業務を委託し,施設建築物の設計を進めました。その後,2017(平成29)年6月30日に設立された本件再開発組合が水戸市新市民会館等施設建築物実施設計業務を同共同企業体に委託し,実施設計が進められました。

【参考】本プロポーザルは,水戸市役所ホームページを参照。

5.再開発事業の進展

長らく停滞していた本件再開発事業は,新市民会館という核施設を得たことで急速に進展し,地元説明会や公聴会等を経て,2016(平成28)年7月に都市計画決定(都決)がなされました。

都決後は,準備組合の段階から上述の設計や測量等を進めていましたが,2017(平成29)年6月には,茨城県知事による認可を経て泉町1丁目北地区市街地再開発組合(以下「再開発組合」という。)が設立されました。

その後も,2018(平成30)年5月には事業計画の,2019(平成31)年3月には権利変換計画の認可を茨城県知事から得るなど,事業は着実に進展し,同年6月の解体工事着手を皮切りに現場の施工も始まり,2022(令和4)年10月の施設建築物の竣工や,その後の周辺道路等の整備を経て,翌2023(令和5)年7月には新市民会館がオープンを迎えることとなりました。

6.設計・施工上の特徴

施設の設計と施工に当たっては,従来,設計と分離して発注するのが一般的な方法ですが,「RC造・S造・木造の混構造建築物であり技術的難易度が高く合理的な設計が求められる」,「木の大断面集成材を大量に調達するのに時間を要する」,「全国的にホールの建築工事において入札不調が多発しており,スケジュールの遅れによる事業費増加が懸念される」などの課題があったことから,本件再開発事業においては,実施設計の段階から施行予定者を選定し,その技術提案を設計に反映させる「ECI方式」を導入しました。

導入のメリットとしては,「技術的難易度が高い施工ノウハウを有する施工予定者が設計に参画することで,実際の施工を踏まえた施行計画や構造検討が可能となり,品質,工程及びコスト面で合理的な設計が見込める」,「資材や人員の調達を実施設計の段階から準備することが可能となり,工程上のリスクを低減できる」,「施工予定者の技術提案等を実施設計に反映することで,設計価格と実勢価格の乖離を抑え入札不調や着工後の増額のリスクを低減することができる」などが挙げられます。

7.泉町1丁目北地区市街地再開発事業の概要

  • 施行者:泉町1丁目北地区市街地再開発組合
  • 地区面積:約1.4ha
  • 権利者数:従前・55人 残留・13人
  • 事業費:約 312億円
  • 敷地面積:約8,295㎡
  • 建築面積:約6,952㎡
  • 延床面積:約23,232㎡
  • 容積率:約257%(従前317%)
  • 建物高さ:約34m
  • 構造・規模:RC造一部S造及び木造・地上4階/地下2階
  • 主要用途:公益施設(市民会館),店舗

8.新市民会館の概要

(1) グロービスホール(大ホール)

茨城県最大の2,000席を有し,コンサートや講演会など,さまざまな催しを開催できる多目的であり,水戸市の木である「梅」をモチーフにした音響反射板があるのが特徴です。催しの規模に応じて,1階席のみの利用,2階席までの利用も可能であり,ネーミングライツにより「グロービスホール」としています。

(2) ユードムホール(中ホール)

日常的に使いやすい482席のシューボックス型の多目的ホールであり,矢羽根をモチーフにした音響反射パネルが特徴です。客席のひじ掛けが収納できるなど,利便性にも優れています。ネーミングライツにより「ユードムホール」としています。

(3) 小ホール

大ホールの舞台と同規模の平土間空間であり,元々は大ホールのリハーサル室としての利用を想定していましたが,市民ワークショップ等の意見を反映し,100人規模のコンサート,演劇,講演会等の催しの会場として利用できます。

また,壁に鏡を設置したことにより,ダンスの練習なども利用されています。

(4) 大会議室

270名での利用が可能な大空間の会議室であり,稼働間仕切りによって,2分割,3分割で利用することができます。

会議室には珍しくカーペットを敷いており,落ち着いた雰囲気であり,パントリーも備えていることから,コンベンション等における懇親会利用も可能となっております。

(5) サードプレイス

新市民会館では,学生や地元住民等が勉強や歓談にラウンジやロビー等を利用し,交流の場になるなど,日常的に訪れたくなる居心地のよい場所,いわゆる「サードプレイス」として活用されるための機能を有しています。

ア ラウンジギャラリー

イ ミーティングラウンジ

ウ こどもギャラリー

エ やぐら広場

(6) 展示室

16枚の可動式パネルにより,写真や絵画等の展示のほか,商談会など幅広い用途に利用できます。

また,展示室外のロビーにも可動式パネルが移動できる仕組みになっており,展示室利用以外の方にも気軽に鑑賞できる工夫がなされています。

さらに,内壁の裏には,モニター等の仕込みができるバックスペースを備えています。

9.指定管理者制度の導入

民間事業者が新市民会館を運営することによって,興行主催者等との多彩なネットワークを活用した事業を誘致し,魅力的で市民ニーズの高い事業が積極的に開催されるとともに,専門的なノウハウによる人材の育成や効率的な運営が期待できます。

このことから,新たな交流や人の流れが創出され,市民の芸術文化施設の拠点として,ふさわしい管理運営を目指すため,新市民会館に指定管理者制度を導入しました。

指定管理者候補者の選定方法として,新市民会館運営の特殊性を鑑み,文化ホールの運営の経験や知識を有する者,健全な経営状況を確認できる者等に専門委員を委嘱し,その専門委員の助言を踏まえて,「水戸市公の施設の指定管理者候補者選定委員会」において,指定管理者の候補者を選定しました。

新市民会館は,一人でも多くの市民に利用されるとともに,興行等の主催者,利用者等から「選ばれる市民会館」になることを目指していることから,指定管理者の選定に向けた重点項目として,次の内容を定めました。

  • 市民による芸術文化活動を育むとともに,魅力ある公演と大規模イベント等を積極的に誘致し,年間60万人の来館者を達成すること。
  • 貸館の利用促進や広報活動に積極的に取り組み,高い施設稼働率を実現することによって,安定的な利用料金収入を確保すること。
  • ホールの高性能な舞台設備を活用し,多くの人々が「みたい,聴きたい,行ってみたい」と感じる公演の開催をはじめ,やぐら広場等を活用したイベントの誘致のほか,日常的に訪れたくなる居心地の良い場所(サードプレイス)を創出することによって,いつでも人が集い,にぎわう施設とすること。
  • 市民会館と水戸芸術館が連携することにより,お互いの施設の価値を高め,芸術文化の振興に貢献する施設とすること。

10.成果・反響

新市民会館は,年間来館者数を60万人と設定しておりましたが,開館から1年を経たずして,100万人を達成することができました。

また,ホール,展示室の稼働率についても,昨年度は目標を上回ることができ,特に大ホールについては,目標70%のところ,95%の稼働率を達成することができました。

さらに,これまで本市では開催しにくかった著名なアーティストの公演やコンベンション等を実施することができ,特に,G7茨城水戸内務・安全担当大臣会合を新市民会館に誘致できたことは実績として何よりも大きかったものと考えております。

11.終わりに

私の母校の校訓として,「堅忍力行」,「至誠一貫」という言葉があります。

昨今,全国において文化施設の整備が円滑に進まず,当初のコンセプトが二転三転する事例も見受けられますが,難題にぶつかった時こそ,当時の副市長が「急ぐ時こそ遠回り」と言っていたことを思い出していました。

設計者の1人である伊東豊雄氏が,水戸市での講演会において,「劇場だけが劇場ではない。街こそが劇場である。新市民会館は街を劇場にするための触媒である。」と言っておりました。水戸市としては,東日本大震災で被災した市民会館を建て直すことだけを目的としてきたのではありません。新市民会館を中心市街地のにぎわい再生の起爆剤として位置付けており,反対運動等が起きようが,施設の規模等についてぶれずに推進してきたのが,大きな成果や反響につながったものと考えております。

現在文化ホールの建設に苦心している方や,今後建設の検討している方をはじめ,文化ホールの整備に携わる全ての事業者,行政関係者に,「めげない心・ぶれない勇気」という言葉をささげて,結びとさせていただきます。